ポルトガル語とアラビア語

夏の終わり、皆さまいかがお過ごしでしょうか。最近は近所に生息するうぐいすの声もすっかり聞こえなくなり、少し寂しい思いをしていた私ですが、代わって鈴虫が美しい声色を聞かせてくれる素敵な季節となりました。

 

もうすぐ秋。秋といえば読書!ということで(・・・実は昔からあまり読書は好まないのですが。笑)、学生時代にお世話をいただきました恩師の先生方の記された書物などをパラパラと読み返し、少々知識の充電を図ったところで、今回はファドの世界でもよく目に耳にすることがある、アラビア語と関係したポルトガル語について触れてみたいと思います。

 

ポルトガル語は、ヨーロッパのポルトガルをはじめ、現在ブラジルやアフリカ諸国等で話されている言語であり、他方アラビア語は、主に中東・北アフリカ一帯のアラブ諸国において公用語とされ話されている言語です。現在は話者の分布地域を異にする両言語ですが、ポルトガル語にとってアラビア語は、実は元来密接に関係した親しい言語と言えます。

 

ポルトガル語 português

アラビア語  اللغة العربية

 

ご存知の通り、ポルトガル語はアルファベットで左から右へ、アラビア語はあのくねくねとした芸術的な文字を右から左へ書くという、一見して見た目にもなんとも相違甚だしい両者ではありますが、とりわけ歴史的な脈絡を見たときに、両言語間の関連性・共通性は当然のものと頷けます。まずはその歴史を簡単に振り返るといたしましょう。

 

スペインやポルトガルと言うと、今でこそヨーロッパ的なイメージの強い国々に思えますが、スペインとポルトガルが位置するイベリア半島の今日までの歴史の中で、ざっと500年~800年もの間、この土地はイスラーム王朝が支配する世界でした。イスラーム教徒を中心としつつも、キリスト教徒やユダヤ教徒など、様々な宗教・民族の人々がルールのもとに互いに共存し繁栄する、アラブ・イスラーム文明の花咲く時代がありました。

アラブ風内装が施されたリスボンのレストラン

 

もちろん、長いローマ・ゲルマン時代を経てのイスラーム時代、またその終焉はすなわちレコンキスタ(イスラーム勢力の追放を目指した十字軍による国土回復運動)の“完了”を意味しますから、やはり「ヨーロッパ的」精神というものはイベリア半島の人々にとって古くから肝要であるのだと思います。

 

しかしその一方で、ある種「特異な」イスラーム時代が存在したからこそ残された確かな遺産は、この地域の文化に不思議な魅力と華やかさを添えているように私には思えてなりません。言語をはじめ、建築、工芸、農業などのあらゆる分野へと染み込んでいったアラブ・イスラーム文化。その一部を、言語を中心にいざご紹介いたしましょう。

 

皆さまもよくご存知の「アンダルシア(アルアンダルス)」という地名。これは元々、この時代における現ポルトガル領土を含むイスラーム支配下のイベリア半島地域全体を指す言葉で、「アンダルス」とは“ヴァンダル族の国”を意味するアラビア語だそうです。とある研究によれば、アンダルスの住民のうちのイスラーム教徒の割合は、10世紀半ばには50%、11世紀末には90%に達したと言います。いわゆる土着の「スペイン人」の実に8割がイスラーム教へと改宗したそうですが、当時の世に生きれば、自然な風潮だったのでしょうね。

 

そもそも、現在のスペイン語とポルトガル語には、何百という数のアラビア語の語彙が入っています。ポルトガル語の単語で言えば、álcool(アルコール)、algodão(綿)、algebra(代数学)、almanaque(暦)、alfândega(税関所)、alfaiate(仕立屋)などがそうで、語頭に共通する「al」という文字は、アラビア語の定冠詞(英語で言うthe)に当たります。

 

「al」という語から始まるポルトガル語の単語のうち、全てではないようですがその多くがアラビア語起源ということで、真っ先に思いつくのは「アルファマ(Alfama)」という街区の名です。Casa do fado(ファドが聴けるお店)の有名店が軒を連ねるファドのメッカであり、私もおそらくは何百回と歌の中で連呼をしています、ファドではお馴染みの単語です。

アズレーショを売っているコインブラのお土産屋さん

また、açúcar(砂糖)、arroz(米)、azenha(水車)などに加え、ポルトガルやスペインでは定番の工芸品であるazulejo(アズレージョ)という青い絵タイルを指す単語なども、その言葉とともに実際の品、あるいは伝統ある文化として今に残っています。日本でもポルトガル料理を戴けるレストランなどでその壮麗な装飾を目にすることができますので、そうしたお店にいらっしゃる際には是非、ご覧になってみてください。

 

ところで、「azulejo」の「azul」とは、ポルトガル語で「青い」を意味する形容詞ですが、実は「azul」という言葉自体アラビア語にも共通し、アラビア語では「ازرق(azraqu )」と言います。イタリア語でも「azzurro」などと言うようですから、やはりイベリア半島、それからシチリア島を含む当時の地中海・イスラーム世界は広大かつ深遠に横たわっていたのだろうなとの思いを馳せると、歴史のロマンを感じずにはいられません。